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23.5_瓶底眼鏡

2251年11月。
イーストSエリア7丁目”ナオキの店”


「こんにちは。ナオキ」
脚立に登って看板の掃除をしていたナオキは、声をかけられ下を見た。
「あ、リック。ほんとに来てくれたのか」
先週会った、レニの彼氏。片手をあげてニコッと笑った。
ボーダーのTシャツとジーンズ。履き込んだネイビーのスニーカー。服はこの前と同じだが、眼鏡がないと全然違う。褐色の肌とスマートでしなやかな体つきがスポーツマンっぽく非常に爽やか。でっかい猫目が知的で涼しげ。はっきり言って、眼鏡姿の3倍くらいはイケメンである。
「すごいお店だね。店主?」
「そ。売り上げはまちまち。いい時はドカンと入るんだけどな」
「へえ。観光客もターゲット?」
「わかる?」
「うん」
脚立を降りると、リックがカバンから小さなケースを取り出した。
「ナオキ、これ」
「え、なに?」
差し出されるまま受け取り開ける。あ。これ。
「メガネだ。裸眼でヘーキ?」
「コンタクトしてる」
コンタクトしてる??
「ん?どうしてメガネ持ってきた?」
リックは笑った。白い前歯が見える。
「メガネが珍しいみたいだから」
左の手のひらを上にして、どうぞのポーズ。
「譲ることはできないけれど、これで良ければ存分に見ていいよ」
つまり、自分のメガネをスッた相手に、メガネを見せに来たってこと?
ナオキは手の中のメガネケース、折り畳まれたメガネをまじまじと見た。そして吹き出す。
「あっはっは!リック。おもしれーな、君」
「そうかな?」
「おう。……へー。度がきつい。いくつ?」
「マイナス10」
「まじ?こいつでデートはないだろぉ。コンタクトどうした?」
黒と銀のレキシントンフレーム。レンズは1.2mm以上。時代遅れな上レンズかかなり厚くて重い。壮年の博士や教授が白衣やスーツと合わせるのならともかく、リックのカジュアルファッションにはこれっぽっちも適合しない。大福とコーラくらい合わない。はっきり言ってデートが台無し。相手次第では、一緒に歩くのが恥ずかしい、って振られるくらいのミスマッチである。
リックは首の後ろを指で掻いた。はにかみ笑顔がこれまた爽やか。
「うっかりしてた。ストック切らしてて」
マイナス10の近視で、そんなうっかり存在するのか?
「んなことあるか?毎日使うだろ、コンタクト」
「バイトがある日はつけるけど。学校はメガネだから」
ナオキは両眉を上げた。改めてリックの全身を眺める。
「学生?Cスクール?」
「セントラルの工学部」
「すげー」
「ちなみに首席」
「頭いいんだなあ」
「うーん、自分じゃわからない」
上の人だと思ってたけど、学生さんか。しかもセントラル。なんか浮世離れしてると思った。
おれらとは、住む世界が違うよなあ。
「そんなすげー男が、どこでレニと出会ったわけ?」
「サーチャーのバイトしてるんだ。手こずってたら、レニが捕まえてくれた」
「あ、レニも猫探しやるもんな」
セントラルの首席なのに、アルバイトとかするんだな。万年服と底の減ったスニーカー。あんま金がないのかも。
「その時は名前も聞かなかったんだ。……後になって、レニのこと忘れられなくてさ。何度か同じところ行ったけど、会えなくて」
「へー。どこで見つけた?」
「駅。そこでアドレス交換した」
つまり、こいつがレニをナンパして、連絡先を聞き出して、6区にデートに来たってこと?
「レニ、渋らなかった?」
「かなり粘った。これを逃したら、2度と会えないと思って」
あ。だよな。良かった。ちゃんと本気っぽい。安心した。
「ははっ、そーか。ちなみにレニのどこが好き?」

「それが、わからないんだ」

????付き合ってんだよな?
「んーと?どういうこった?」
リックはこめかみのあたりを押さえた。何度か瞬き。考え中か?話しかけにくい雰囲気。
……。
……。
……あ、なんか喋るっぽい。
「……レニを好きなことは、はっきりしてる。寝ても覚めても頭にいる。でも、好きな理由はわからない、ってこと」
すげー理屈っぽい。けど、要するに寝ても覚めても彼女で頭がいっぱいってことだな。ぞっこんじゃん。
「はははっ!リック、ほんとおもしれーなー。おれ、君のこと好きだよ」
「ありがとう。でも、おもしろいかな?」
「おもしれーよ。……しっかしまあ、すっげーメガネ。こんなんかけてバッカじゃねーの?6区でメガネはやべーんだって」
リックがうん、と頷いた。素直なやつ。
「不用心だった。ナオキのおかげで助かった」
「んなことねーけど。普通にスるつもりだったし」
「メガネが好きなの?」
「おう。いっぱい持ってる。……フレームのJ・K、誰かの形見?」
ナオキはメガネケースを静かに閉じて、リックに返した。
「親父の。まだ生きてるかも」
「どこにいるんだ?」
「火星らしい」
「母親は?」
「17年前に死んだ。月病」
淡々と話すんだな。視線の送り方が、レニに少し似てる。
「うちもそれ。おれ3歳だったな」
「そうなんだ」
「レニもそうだよ。弟2人いたけど、そいつらも月病でさ」
「……そうなんだ」
リックは静かに目を伏せた。口は自然な感じで閉じられている。
こいつ、自分からは聞かねーんだな。
いいやつだな、とナオキは思った。レニが惚れたのもわかる。
「おれとレニ、バーチャン家で、そういう子どもばっかで暮らしてたんだ。家族みてーなもんだよ。あ、男部屋と女部屋はバーチャン挟んで別にあった」
「そっか」
「おれらの恋人疑惑は晴れた?」
「あはっ、それはとっくに」
「そーか。なら良かった」
ナオキは店の中を親指で示す。
「コーラどう?冷えてるぜ」
「あ、もらう。喉乾いた」
リックはにかっと笑った。いい笑顔。
ナオキは脚立を畳む。肩に担いで歩き出す。
「6区は埃っぽいだろ?」
「うん。ダクトが古いね」
「そーなんだよなー」
ウィン。自動ドアが滑らかに開く。リックがほうっと息を吐き、入り口付近で立ち止まった。
「このお店、すごいね。ナオキ」
「だろ?好きに見てなよ。おれ、倉庫にこいつ片してくるから」
「うん。ナオキさ、この辺の地図持ってない?」
「昔のやつなら家にあるよ」
「今度でいいから見せてもらえる?僕、土木なんだ。イーストの地理が知りたい」
「土建屋か?オヤカタんとこ行ってみる?」
「プロがいるなら、ぜひ」
「次来るまでに話つけとく」
「ありがとう、ナオキ」
「リック、何やんの?」
「コーラ飲みながら話すよ」
「ははっ。ちょっと待ってろ。これ置いてくる」
ーーウィン。

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