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35_ My moon.#07

ムーンタワー最上階の会食室。長テーブルの長い方。ラジィは、クララのすぐ向かいに座っていた。

「クララさま。僕、イイナズケがいるんです」
「前にも聞きましたよ。レイチェル様ですね」
「はい」

火曜日の観劇後。ラジィはマリアンヌ、ラファエル、イワン、クララとのディナーを終えたところ。塞ぎ込んでいたラジィを気にかけ、大人3人が、2人の時間を作ってくれた。

「愛しているのね」
クララは机に頬杖をつき微笑んだ。若草色の可憐なイブニングドレス姿。勿忘草の眼差しが柔らかい。
「わかりますか?」
「もちろんよ。目に星が瞬いている」
ラジィは、膝の上で拳を握る。
クララさまは、僕が聞くこと、きっと全部答えてくれる。
「クララさまが、イワンさまと結婚したのはなぜですか?」
「彼を愛したから」
「そうなんだ」
「うん。私、彼が好きよ」
クララはひらり、と右手をスワンのようにはためかせた。
「イワンといると、可愛いクララ。本当の私は怒ってばかり」
翼みたい。白い羽根がないのが不思議。
「クララさまは、とってもかわいいです」
「ふふ。ありがとう」
クララはそっと目を伏せた。
「私、イワンのことを愛してる。……でも、別の愛も知っている」
珊瑚色の睫毛が頬に影を落とす。お葬式のヴェールに似てる、とラジィは感じた。

「それは、どういう愛ですか?」
「ひとりぼっちのパドドゥよ」

誰も泣いていないのに、空気が涙の色になる。
「クララさま。前に、僕、愛についてお聞きしました」
「愛はトゥ・シューズね」
「はい。それ、どういう意味ですか?」
クララは、机に両肘をついてラジィに顔を近づけた。
「バレリーナの素足を知っているのは、トゥ・シューズだけなのよ」
今、見えないけれど、テーブルクロスの下で、脚を組んでいる気がする。
「爪の間が血で染まった青痣の爪先」
「石になった白い爪先」
「センサー内蔵の、プロステティックの爪先」
ぞく、とした。そうだ。僕の脚も、センサーで動いてる。天気が変わると、急に調子が悪くなる。
クララは眉と口を左右非対称に歪めた。笑顔だと思う。
「私の素足。人にはとても見せられない」
それは、きっと僕もそう。
「だから、サテンのシューズを足に嵌め、ピンクのリボンを巻きつける」
だから、僕は肌の色にしなかった。
「そして踊る。トゥ・シューズに包まれて」
太腿から先、灰色のカーボン。半ズボンで走り回る。
「舞台の上では、白鳥にも。妖精にも。お姫様にだってなれる」
おじさまたちは、複雑そうな顔してた。
「トゥ・シューズがあれば。私、可愛いクララでいられるの」
この脚は、可哀想な子の目印じゃない。
僕、進むんだ。

「クララ様。愛って、とても優しいです」

「そう。そして、とても悲しい。愛するほどに悲しくなるわ」

「私たち、踊るために生まれてきた」

「私を愛しているから。私の踊りを愛しているから、彼は私の手を離したの」

「私は、この脚で星を掴んだ」

「……でも。手は?」

「離れたまま。二度と戻らない」

「コータは、もういない」

「2度とパドドゥを踊れない」

今も。この先も。
僕は進むために脚を切る。
抱っこはできないかもしれない。
でも、その先に行かなくちゃいけない。
僕、大人になるんだから。

「僕、わかります」
「それが愛なのよ。きっと」

君がいなくても。
ううん。君がいたから。

「僕、レイチェルを抱っこできなくても、ちゃんと大人になります」
「そう」

「悲しいね。ラジィ」
「はい」

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