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20_夏への扉#03

「レイチェルは、なりたいものは大人、って言った」
その日の夜。ラジィはアメと話していた。
「僕も、早く大人になりたい、って言った。そしたら、ちょっと違う、ってレイチェルは笑った」
直角に接したソファーの斜め向かい。アメの横顔。
「ラジィは、どうして早く大人になりたい?」
「うーん、なんて言ったらいいのかな」
パラサイティック・ペリドットの瞳が、暖色灯を照り返している。
僕は自分の手を見る。ジャンの半分くらいの大きさ。レニよりも、関節2つ分小さい。ソファにぶら下がったカーボンの脚。膝の下をぶらぶら揺らす。床には届いていない。
歩けるようになった。
走れるようになった。
だけど、全然届かない。
「できないことが多すぎるんだ」
「できないこと?」
「うん」
ターコ。今頃どうしてるかな。水の中にいるといいけど。少し不安。火星だし。
「それは、大人になったらできること?」
アメが聞く。
僕は、少しだけ未来のことを考える。
「うーん、わかんない」
大人になるって、難しい。うーん、ちがう。なりたい自分になることが、かな。
今日は音が居眠りしてる。このお屋敷は、いつも静かなんだけどさ。特に夜。ジャンもレニもいない日は、シロとクロとミケの足音が壁の向こうに聞こえるくらい。うるさいくらい静かなんだ。
「今しかできないこともあるのでは?」
アメが、息の音もさせずに口を開く。僕の息だけ音がする。
吸う。
吐く。
吸う。
言う。
「たとえば?」
アメは3秒停止して、首をゆっくり左右に振った。
「ボクにはわからない」
僕は、手を伸ばす。アメの瞳がボクの腕を映してる。

ひし。

「ラジィ。これは何?」
掴んだ左手首は、ひんやりしていた。アメは動かない。じわじわ僕の体温が移って、次第に生温くなる。
「つーかまーえた」
アメが僕をじいっと見る。ぱちり、とはっきりとした瞬き。
「そうか。ボクは捕まえられた」
「あははっ」
他人事みたいに言うもんだから、僕は可笑しくなっちゃった。アメの腕を握ったまま、僕はソファを移動した。アメが少し向こうに座り直してくれて、僕は隣に並んで座る。
「ねえ、今どんな気持ち?」
アメを見上げる。キレイだなーと思いながら、瞳の中の無数のインクルージョンを見つめる。
黄緑色の髪が揺れた。赤いメッシュがまつ毛にかかる。
「わからない」
「あ、笑った」
「ボクはなぜ笑った?」
「知らないよ、うれしいんじゃない?」
「よくわからないが、そうかもしれない」
瞳の中で虹色の雨がきらきら光る。笑った顔を初めて見た。

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