19_ あるいは水でいっぱいの海#07
「ラジィ。私が怖くない?」
「なんで?」
庭園の噴水近くの空間。相半身に向かい合うレニに、ラジエルは問い返す。
「あなたの家族を殺したのは、私だよ」
レニの右のつま先が90度回転。
「知ってるよ」
レニの動きの真似をする。
「……家族を亡くした子どもはさ」
一つ一つの動作は簡単に見えるし静かだけれど、体の全部を使っているのがわかる。
「悲しんだり、怒らなきゃダメ?」
レニの左のつま先が動く。体の向きが反対になった。
「ラジィの自由だと思う」
僕も同じ方を向いた。サロンの窓がある。ガラスの向こうのジュエレッタたちは、回廊の絵画のように見える。
「火星には、海ってあるかな?」
裏三角の構えをキープ。
「私は聞いたことないわ」
呼吸を深く、とレニが言った。僕はゆっくり大きく息を吸う。足が地面に沈むような感じがした。
「僕は歩けるようになったし、走れるようになった」
「そうだね」
この脚になって最初の何週間かは、立つのに支えが必要だった。動くとすごく疲れちゃって、足じゃないところが毎日痛くて、時々こっそり泣いていた。
今では、走ることだって、こうして合気道の稽古もできる。
「ターコも、どこかで泳いでるかな」
火星に行ったターコ。ターコのことを思い出さない日は、少しだけ増えた。でも、思い出す時は前よりずっとしんみりする。
「火星なら、水槽かもね」
「そうだよね」
「月の海に水はないし」
「レニ、行ったことある?」
「1度だけ、仕事でね。雨の海に」
「どうだった?」
「干からびてたわ」
「だよね」
ラファエルとマリアンヌは「脚」をくれた。
ジャンが「歩く」と「走る」をくれた。
そしてレニは、「どこか」ってのを、僕に教えてくれている。ような気がする。
今日はこのへんにしよう、とレニが構えを解いた。向かい合って一礼。思っていたより疲れてたのか、僕は尻餅ついちゃった。
噴水の飛沫に虹が見えた。僕の視線に気づいたレニが、ピュウ、と小さく口笛を吹いた。かっこいい。ジャンがいない時にアメとこっそり練習しよう。
「地球なら、水でいっぱいの海があるわ」
「行ったことある?」
「そのうちね。見に行くつもり」
レニは僕の隣に座った。
「人魚はいるかな?」
「さあ」
見上げる横顔は、どこか遠くを見ているみたい。やがてレニはパチパチッと瞬きをした。
「水の海を泳ぐターコは、地球の人には人魚に見えるかもね」
青い海を泳ぐターコを想像。宝石の踵が水を蹴り、行き止まりのない海をどこまでも進んでいく。時々水面に顔を出して、人魚だ!ってみんなが言う。
「それって、最高かも?」
「間違いなく、最高よ」
ターコにいつか会えるなら、そういう話をしてみたい。ガラス越しでも全然いい。
「ターコと地球に行きたいな」
浮遊台車かローラースケートが必要ね、とハスキーな声でレニが言った。


