top of page

17_ 縁の海のウィルオウィスプ#03

縁の海ーMare Marginisー

アルタイ断崖に位置するムーンバレーからずっと西。神酒の海、ピレネー山脈、アガルム岬のムーンケイプと危機の海のさらに先にある縁の海。

そこに、鬼火が出るという。

月面都市の住民にはすっかり廃れた怪談話の一つだが、観光客には有名だ。なぜか。

星間シャトルの窓から、発光体が見えるのだ。常に、ではない。30機のシャトルの1つ、乗客200人の3人程度。

0.05%

目撃率はそれほど低い数値ではない。プロモーションでないとすれば。


「アメは、何が光ってるんだと思う?」
『鉱物では?』
「やっぱり?」
お屋敷の自室。直角に接したソファの斜向かいに座るアメにラジィは頷く。
紫外線で蛍光発光する鉱物の存在をラジエルはいくつか知っている。フローライトやスキャポライト。ハックマナイト。
「ねえ、ジャン。縁の海ってどういう所?」
ジャンはサービング・ワゴンの上のカップに紅茶を注ぎつつ、愉快そうにほっほと笑った。
「私の祖父は鬼火を見たそうでございます」
「ジャンのおじいさま?第1世代?」
「さようで。科学者であり、探検家でもありました」
ローテーブルに紅茶が置かれた。僕の分と、アメの分。ジェニーの所で僕が言ったことを覚えてくれてたんだな、ってカンドー。
「もしかして、ムーンケイプの開拓者?」
「ラジエル様は聡明にございます」
次に、お菓子の銀トレイ。イチゴとグレープ、マーマレードのジャムクッキーは宝石みたいに綺麗な色。
僕はマーマレードを選んで食べる。夏っぽい味。ジャンはアメの隣に腰を下ろした。背筋がピンと伸びている。
「私の考えたところによりますと、その鬼火はジュエレッタではないかと」
「どういうこと?」
「その鬼火は、声もなく泣くのです」
「泣くの?なんで?」
ジャンの目尻に皺が寄る。優しい顔だけど、大人の人がこういう顔をする時は悲しいことを話す時って僕は知ってる。
「月面開拓の歴史は、死と隣り合わせでございました」
エアーの不具合。ボルトの緩み。スペース・スーツの小さな穴。6分の1の重力。大気のない地表。直射する宇宙線。最初の30年。月の上で生まれた命は2度目のファボスを待たずに消えた。
「多くの人類が剥奪されました。未来を。今を生きるということを」
ニャーン、と扉の向こうでクロが鳴いた。
「人類が月で生きるとはそういうことだ、と祖母はよく申しておりした」
アメはジャンを見ていた。僕はアメの横顔を見て、行ったことのない縁の海を想像した。
「慰めとして、泣くジュエレッタが制作されたという逸話でございます」

送り火として。

ジャンは小さな声で最後に言った。

白(透過背景) .png

Privacy Policy

Cookies Policy

© 2025 μ Created with Wix.com

bottom of page